頑張ろう日本


被災された皆さまに心よりお見舞いを申し上げます。

社員の奥さんが未だに仙台空港で足止めされています。

自分の息子は仙台に住んでいます。

二人とも、とりあえず無事のようで・・・とりあえず良かったです



一方、自分は岩手県盛岡に住んでいましたから、多くの知人が県内にいます。

盛岡は内陸なので、津波の被害こそなかったものの、日曜の夜、ようやく電気が通じ、電話が通じ、

様子が解りました。

地震直後より、我々はテレビで相当の情報を得る事が出来ましたが、被災の現場はテレビが映る筈もなく、

電気が通じて、初めて、それこそ津波のように、悲惨な状況の情報を大量に得、愕然としているという事でした。

仙台にいる息子も、仙台空港の様子すら知りえなかったそうです。

11日の地震の前々日、3月9日、岩手県沖で小規模な地震がありました。

まさしく、その瞬間、自分は、家内と母と娘と、盛岡に居ました。

盛岡の自宅売却の決済の為と、ついでに、もう簡単には盛岡に行けないので、陸中海岸を観光しようという事で・・・・

宮古、岩泉、北山崎、久慈、八戸・・・ 海岸線は津波警報が発令されており、当初予定の観光は全く出来ませんでした。

その日の津波警報は、すぐ注意報に変わり、通行止めも解除になり、海岸線をドライブしてきました。

海岸沿いの集落には、津波被害防止の為の大きな水門が要所にあり、過去の津波被害から学んだ予防策が厳重に取られているんだなあ・・・と感心したものです

しかしながら、あの、大きな水門も・・・全く役に立たなかった・・・

ほんの・・・2日・・・地震発生が早かったら・・・私と同乗の家族は・・・おそらく・・・、

ほんの2日前・・・見た・・・あの、のどかな 漁村は・・総て・・・なにもかも・・無くなった


「生かされている・・・」という事を、本当に、改めて、かみしめます。

自分たちに出来る事をしていかなければならない・・・
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by miraye | 2011-03-14 08:24 | 負けシェフの晩餐 | Comments(0)

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